『ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~』1巻。玲琳と慧月が知る、相手の暮らし
※以下、一巻の展開に触れます。
この巻の概要
雛宮で人望を集める黄玲琳は、病弱な身体ながら技芸にも秀でた姫です。 一方、朱慧月は周囲から孤立し、玲琳への嫉妬を募らせています。 ある夜、玲琳と慧月は流星を見ながらそれぞれの願いを抱きます。 その翌朝、二人は互いの身体で目覚め、知らなかった相手の暮らしに向き合うことになります。
一巻では、玲琳が慧月の身体で獣尋の儀と朱駒宮での生活に臨み、慧月は玲琳の身体で彼女の努力と病弱さを知ります。 後半では、差別を受けてきた侍女の莉莉との出会いが、二人の「見られ方」という主題を別の角度から照らします。
各話のあらすじと見どころ
一話「玲琳、入れ替わる」
雛宮では、黄家の姫である玲琳が病弱ながら人柄と技芸を慕われています。 朱家の慧月は周囲から蔑まれ、玲琳にも強い敵意を抱いていました。 流星を見た夜、玲琳は珍しい光景に心を弾ませ、慧月は玲琳が消えるよう願います。 翌朝、二人は互いの身体で目覚めます。
玲琳が星に心を弾ませる一方で、慧月は玲琳が消えるよう願います。 舞台は同じ夜、気持ちは正反対です。 玲琳の好奇心と慧月の敵意を並べて見せることで、二人の関係が鮮明になります。 四話まで読むと、この華やかな評判が、慧月の見方を読み直すための伏線のようにも見えてきます。
二話「玲琳、処刑に臨む」
慧月の身体にいる玲琳は、慧月として罪を問われ、獣尋の儀で無実を示すことになります。 獣に食われれば命を落とす危険が迫るなか、玲琳は目の前の獣をただ敵として扱わず、落ち着いて生き延びる道を探します。 儀式を切り抜けても、彼女は元の暮らしへ戻れません。 芳明太子の判断で処刑は免れますが、後宮の外れにある朱駒宮へ移されます。
獣尋の儀で獣と向き合う場面では、玲琳が相手を観察し、生き延びる道を探します。 死を前にしても落ち着きを失わない気質が、ここでは生きるための判断につながります。
三話「玲琳、楽園に移住する」
荒れた朱駒宮で暮らし始めた玲琳は、追放先の不便さより、広い場所や自然、食事を楽しみます。 鼠を仲間のように受け入れ、庭や建物を整えながら、自分の手で新しい暮らしを作っていきます。 病弱な本来の身体では難しかったことを楽しむ姿に、慧月の身体で得た自由の大きさが表れます。
追放先の朱駒宮で、玲琳は広さや自然を喜び、鼠まで仲間として受け入れます。 周囲には罰として映る場所で玲琳が楽しみを見つける、その受け止め方の違いが三話の笑いどころです。
四話「慧月、現実を知る」
玲琳の身体にいる慧月は、玲琳が生まれつき病弱でありながら、礼法や舞、刺繍などを身につけるため日々努力してきたことを知ります。 慕われる姿だけを見ていた慧月にとって、その暮らしは想像していたものと違っていました。 羨望の裏にあった思い込みが揺らぎ、慧月は玲琳と自分の現実を見直し始めます。
玲琳の技芸が日々の鍛錬に支えられていたと知るほど、慧月の視線は変わっていきます。 一話では評判として示された玲琳の華やかさが、ここで努力の跡と身体の苦しさを伴って見え直します。 慧月と一緒に読者の目線も更新されるところが、このつながりの面白さだと思いました。
五話「玲琳、女官を得る」
玲琳は、踊り子の娘という出自を理由に不当な扱いを受けてきた莉莉と出会います。 莉莉を女官として迎えようとする玲琳の言葉は、莉莉の心をすぐに解きほぐすわけではありません。 傷ついた莉莉は怒りをぶつけますが、そのやりとりを経て二人は相手の苦しみを見つめ始めます。
莉莉は玲琳の言葉を簡単には受け入れず、抱えてきた怒りをぶつけます。 その言葉を受け止めた玲琳と向き合ううち、莉莉もまた玲琳の苦しみを見ようとし、そばにいたいと思い始めます。 本編は二人の関係が動き出したところで一区切りとなります。
巻末の追加エピソード
描き下ろし漫画「余話」
芳明太子や鷲官長らが慧月の処遇について話し合います。 過去の行いを責めることと、偏見に基づく仕打ちを許すことは同じなのか。 慧月をめぐる周囲の議論を通じて、本編の出来事が別の角度から見えてきます。
書き下ろし小説「変だ」
芋掘りや芋料理に夢中になる玲琳を見て、莉莉が戸惑う短編です。 玲琳の熱中ぶりと莉莉の反応が、朱駒宮で暮らす二人の可笑しみを伝えます。
一巻を読んだ感想
玲琳が獣尋の儀で、死ぬまでは生きていると考え、まだ噛まれていないことを足場にする場面は、読んでいて思わず笑いそうになるのに、その笑いがすぐ緊張へ戻ります(57ページ)。 私はこの言葉を、怖くないふりではなく、恐怖に今の判断まで奪わせないための玲琳なりの手順として受け取りました。 だから朱駒宮で鼠や荒れた庭に嬉々として居場所を見つける姿も、能天気というより、与えられた環境のなかから自分の自由を拾い直す姿に見えます。 玲琳のこのしぶとさは、私が一巻でいちばん好きになったところです。
莉莉との場面も好きです。 玲琳は莉莉の痛みを、正しい励ましで片づけるのではなく、笑顔を奪った相手について「教えてください」と、彼女自身の言葉を求めます(171ページ)。 ここで気持ちが動いたのは、莉莉が急に救われたからではなく、傷を語る順番を莉莉に返したように感じたからです。 二人は違う傷を持つまま、まず相手が何を見てきたのかを聞こうとしている。 その始まり方に、きれいな和解よりも確かな手応えを覚えました。
一話で見た玲琳の華やかな評判も、四話で慧月が玲琳の努力と病弱さを知る場面(99ページ)まで読むと、その裏側を見直す伏線のようにも感じます。 慧月と一緒に読者の目線も更新されるところが、この構成の好きなところです。 そして気になるのは、玲琳の現実を知った慧月が、もし元の身体に戻れたら、その記憶をどう抱えていくのかです。 事情が分かったからといって、嫉妬や痛みがすぐ消えるとは思えません。 むしろ私には、「知ってしまったこと」を抱えて、前と同じ憎み方ができなくなるほうが二人には難しいように見えます。 玲琳の明るさが慧月の傷までほどくのか、それとも優しさだけでは届かない現実が出てくるのか。 私は仲直りの早さより、そのぎこちなさを追いたくて続きを読む気持ちになりました。

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